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スタッフ紹介
山崎良一/RYO YAMAZKI
ドルフィンスイム歴 30年以上
NAUI ダイビングインストラクター
スキンダイビングインストラクター
救命救急法インストラクター
毎年約30回の御蔵島ドルフィンスイムツアー
富戸カマイルカ、沖縄ザトウクジラ・マッコウクジラ、知床シャチ
海外:アシカ、ジュゴン、シロナガスクジラ、ゴマフアザラシ等のツアーを行なっています。
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※ メディア出演/撮影協力/映像提供
【出演】
CBCテレビ「イッポウ」イルカと宙返り
CBCテレビ「イッポウ」流氷の天使
CBCテレビ「チャント」コロナ下のレジャー産業
NHK「首都圏ネットワーク」障害者ダイビング
【撮影協力】
CM「スバル・フォレスター」
日本テレビ「ダマされた大賞」
【画像・映像 提供】
「天才!志村どうぶつ園」日本テレビ
「林修の今でしょ!」テレビ朝日
「ヒルナンデス!」日本テレビ
「幸せ!ボンビーガール」日本テレビ
「ミヤネ屋」日本テレビ
「報道ステーション」テレビ朝日
「NEWS 23」TBS
「リトルトーキョーライフ」TV東京
「キスマイBUSAIKU」フジテレビ
CM「バットマン特集」WOWOW
CM「テレビショッピング」フジテレビ
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【写真提供:雑誌・メディア】
「月刊 DIVER」
「マリンダイビング」
「海と島の旅」
「FRIDAY」講談社
「Domani」小学館
「OZ Magazin」スターツ出版
「Tokyo Islands」外国人向けサイト
「くらべてわかる哺乳類図鑑」山と溪谷社
「東京都の地図」明治図書
「わたしたちの東京都」明治図書
「死ぬまでに行きたい!世界の絶景」三才ブックス
「子どもと楽しむ!週末の冒険」A-Works
「体育科教育」大修館
・朝日新聞
・東京新聞
・共同通信
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御蔵島ドルフィンスイムの創世記からイルカと泳ぎ始めて30年以上
イルカ好きが高じてショップをはじめ、悪戦苦闘しながらも今までやって来れたのはイルカ達とみなさんのおかげです。
ここでは僕の紹介の代わりとしてこれまでのドルフィンスイムの成り立ち?をご紹介して行きますね。
ちょっと長いですが興味のある方はご一読ください。
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今でこそ”イルカと遊べる島”となっている御蔵島ですが、イルカたちも最初から遊んでくれたわけではありません。
僕が最初に御蔵島のイルカと出会ったのは1988年。小笠原でホエールウォッチングツアーが始まり、映画「グレートブルー(後にグランブルーに改題)」が公開された年です。
当時、ダイビングで通っていた三宅島で、漁師さんに(当時のボートダイビングの船長は漁師さん)「となりの御蔵島に行くとイルカがいるけど見たい?」と言われて半信半疑で行ったのが始まりです。
その時は船の上から背びれが見えただけでた「ホントにいるんだ」と、だただビックリ!
「ドルフィンスイム」なんていう単語さえありません。 船長に「泳いでもいい?」と聞いても「一緒に泳げるわけないだろ、バカ」って感じです。(笑)
なにしろ「やった事のある人」っていうのがいなくて、海の中に入っても「どうしたらいいの?」って具合で、当時は「ここでニンゲンとイルカが一緒に泳げたら」というのはまだまだ壮大なロマンのようなおはなしでした。
さて、元々は用心深い野生動物だったイルカたち。海に入ってもスグに逃げてしまって影も形も見えません。 当時はドルフィンスイム船というものがないので、漁船をチャーターして行くのですが1回のチャーター費用は十数万円。とても一人では払えないので友達や知り合いに声をかけまくって船代を割り勘で行ったのがドルフィンツアーの始まりです。
最初のうちは水中でイルカの姿を遠目に見れただけで大喜び!
その頃は”背びれにつかまって泳ぐ”のが目標だったんですが(笑)見える範囲には来てくれるようになってもまったく近くには来てくれません。さてどうしたものか?
人間界ではイルカショーを見て楽しむんだから、海の中ではこっちがパフォーマンスすればいいんじゃない?という事で水中でくるくる回転したり踊ったり?イルカのかぶり物をして潜ったり、イルカに仲間と思ってもらおうとしてお腹が白いウエットスーツを作ったり、口にくわえる簡易ボンベで潜ったり、水着の色は?フィンの色は?等々、色んな事を試してみました。スキンダイビングを教えてくれるスクールもないので練習場所はもっぱら湘南の海水浴場 ♪
そんな中で水中でくるくる回るのはイルカたちにも受けたようで、興味を持って近寄ってくるイルカが現れて来ました。これが、今で言う‘イルカと遊ぶ”というやつの始まりですね。初めて群れの中に入って泳げたときは大感激でした。
そんなこんなをしているうちに、三宅島のダイビングショップで “イルカツアー” が始まりました。最初のうちはダイビングツアーの一環として行なっていて苦戦していましたが、ダイバー以外の方の受入をはじめるようになりマスコミで取り上げられたりしているうちに90年代中盤には空前のイルカブームがやってきます。
今でこそ、人が多くなるとイルカに悪影響が出るのでは?と懸念されていますが、この頃の人の多さは今の比じゃありません。大手旅行会社の主催するツアーで毎日何百人もの人がひっきりなしにやってきます。三宅島だけじゃなく、他の伊豆諸島や伊豆半島からの船も来ます。しかも全部大きな漁船。イルカたちもさぞうるさかった事でしょう。
三宅島では故ジャック・モイヤー先生やキャサリン・ダジンスキー博士といった人達が中心となってイルカの観察研究が始まりました。御蔵島での研究会も発足して個体識別調査も行なわれるようになりました。
この頃の御蔵島は東海汽船の航路にはなかったため、三宅島からの週に1〜2度の貨物船が唯一のライフライン。民宿も観光客というより工事関係者や仕事の方のためという感じでした。
さて、イルカたちですが、だんだんと近くで泳げるようにはなったものの、この頃はまだ赤ちゃんや子供のイルカはそばに来てはくれませんでした。
好奇心の強い子供がそばに来ようとしてもお母さんイルカがサッと間に入って連れて行ってしまいます。
が、ある年、前の年によく遊んでくれたイルカがお母さんになって赤ちゃんを連れてすぐ近くまで来てくれたのです。自分の子供を紹介しに来てくれたのでしょうか。この時ばかりは海の中で涙が出そうになりました。その後は子供が生まれたお母さんが見せに来てくれるというのが毎年の恒例行事のようになって来て人との距離もどんどん近くなって来ています。(近すぎる?)
イルカブームがピークを迎えた2000年夏、突如として三宅島が噴火を起こしました。全島避難です。 そしてイルカブームの終焉。
が、三宅島からのライフラインがなくなった御蔵島には週に4回ですが、東海汽船が寄港するようになりました。
一般の観光客が来島出来るようになり、2001年からはドルフィンスイムのベースが御蔵島へ移ります。御蔵島も本格的な観光客の受入が始まり民宿も徐々に増えていきました。
2005年には三宅島の全島避難が解除され、三宅島民の人たちが徐々に戻って来ました。これを機に三宅ー御蔵間でイルカウォッチングのルール作りが進められ、現在では、1日の出船数や人数を制限するなど、イルカと人間の共存を目指したエコツーリズムが行なわれています。
これからもイルカに優しいドルフィンスイムを心がけて、イルカたちとず〜っと一緒にいられる島でいたいですね。
では、御蔵島でお会いしましょう (^o^/~
2013年からは世界的にも貴重なカマイルカとの出逢いを求めて、東伊豆・富戸でのドルフィンスイムツアーも始めました。
イルカだけでなくザトウクジラ、アシカ、ジュゴン、シャチ、シロナガスクジラ等の海棲哺乳類に会えるツアーも行っています!世界の海へ是非ご一緒しましょう!